古い行動がエコかもしれない
表題の件、
庭で畑を作るとか、七輪でパタパタ火をおこしてサンマを焼くとか、そういう余裕を何とか取り戻そうとします。
ワープロを使うなら、たまには墨をすって、筆と巻紙で手紙を書いてみようとする。
そうやってバランスをとっていかないといけないんで、どんどん文明の便利さに流されていってしまったら、切りがありません。
どこまでいってしまうかわからないわけです。
だから文明の利器を使いたかったら、それによって生じた余裕をもって自然を取り戻す、あるいは伝統を取り戻す。
そういうバランス感覚が必要なのではないかと思います。
リサイクルトナーもそんな感じで使っています。